neverland backyard

最近は家庭菜園、ベランダ菜園についてばかり書いています。

健康診断で循環器と呼吸器の精密検査を受けて来い という結果をもらった。
事前にネットで調べたりして、おそらく気管支炎だろう、くらいの心づもりで
相方の母親紹介の循環器内科へ精密検査を受けに行った。


先生が言った言葉は「ブルガダ症候群の疑いがある。」
初めて聞く言葉に先生がさらに付け加えると「いわゆるポックリ病やね。」
へえ、ポックリ・・ポックリ!?


ブルガダ症候群ってのは、重篤な不整脈である心室細動により失神し、死に至る場合がある。(wikipedia)
という病気で、まあ比較的新しくてコンセンサスが取れてない病気なんだそうだ(医師)


なんでも僕の心電図は「サドルバック型ST上昇」という波形を示していて、サドルバック型が全てブルガダ症候群ではないけども、ブルガダ症候群の心電図はすべからくサドルバック型を示すらしい。
ブルガダ症候群の疑いがある、とは言えるが、そうでないとは言い切れない。


幸い家族に突然死した者はいないし、僕自身生まれてこのかた気を失ったことなど一度だってありはしないので、ぐぐっとそうである可能性は下がるそうなのだが、確実にそうでない、と判断することは出来ない。


検査でわかるそうなのだが、不整脈が起きる一定の心電図の波形というのがあるらしく、入院して人為的に薬かなんかでその波形にして、不整脈が起きるかどうか試す、という非常にリスクのあるものらしい。不整脈が起きたらAEDで蘇生するとか・・。


先生いわく、「君がブルガダである可能性は限りなく低い、検査を受けるかどうかは自由だが
俺は受けなくてもいいと思うね。リスクあるし。」ということだったので、とりあえず24時間の心電図で解析してもらうことにして、今現在解析結果待ちの状態だ。


今まで僕は死というものについて全くといっていいほど考えず生きてきたんだけど、齢33にしてそれが自分に突然ふりかかるかもしれない、という状況にたち、初めて死について考えた。


幸いにして両親も健在で、祖父母もどちらかというと高齢で天寿を任うした感じだし、友人や身内が事故で亡くなったりしたこともほとんどなかったので突然訪れる死についてあまりにもリアリティがなかったのだ。


ある晩寝ると次の日の朝に死んでいる。それが自分に起こりうる。
でもそれはやっぱりリアリティが無いのだった。
僕はあまりにも生きているのが当たり前だと思っているのだろうか。


死は必ず誰にでも訪れる。ただそれが早いか遅いかなのだ。


心電図の結果が異常で、除細動器を体内に埋め込む事になったら、
身近に自分の死を感じることが出来るのだろうか、
そしたら生きている事自体を大切に思えるのだろうか。


そんなことをぼんやりと考えながら検査結果を待っている。メリークリスマス。